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かぼてぃーのブログ

かぼちゃ頭で考えたことと経験したこと

人生楽しんでるやつには勝てない

人生を楽しんでるやつが最強だ。

 

お金を沢山持っているとか

自分のやりたい仕事ができているとか

SNSで人気があるとか

異性からモテるとか

友達が沢山いるとか

 

そんな事は気にしなくて良い。

 

それと人生の満足度はイコールではないからだ。

 

気にしてほしいのは

 

「自分の人生、めちゃくちゃ楽しいか??」

 

ってことだけで十分だ。

 

「人生を楽しんでるやつ」

「毎日を楽しく生きているやつ」

 

これが最強だ。

 

どんなお金持ちも

どんなエリートも

どんなモテモテ野郎も

 

「人生がめちゃくちゃ楽しい」やつには敵わない。

 

楽しく生きてるやつが最強。

 

今までもこれからもあなたに起こる事は全て

「人生を楽しむためのアトラクション」ぐらいに思ってくれれば良い。

アトラクションは多い方が楽しいだろ?

アトラクションに良いも悪いもない。

そこにあるのは体験とそこから得る学びだけ。

 

一度きりの人生、

 

やりたくないことを続けるためでも、

やりたいことを先延ばしにするためでも、

文句を言いながら毎日やりたくない仕事をするためでもなく

 

楽しむためにあるんだぜ。

 

時間は有限。

やりたくないことをやってる暇はないんだ。

 

「心から楽しいと思える毎日を送れること」を

 

目標にしたらいんじゃない。

 

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チャンスの神様

 

「チャンスが来ないんです」と彼は言った。
 
でもチャンスは準備をしている人にしか来ない。
 
準備をしている人にはチャンスに思えることも
 
準備をして居ない人にとっては「ただの情報」になってしまう。
 
チャンスの神様は前髪しか生えてないから
通り過ぎた時には掴めない。
 
だからチャンスが来ないのではなくて
あなたの準備が足りないだけだ。
 
 
「ピンチの連続です」と彼女は言った。
 
そうか、ピンチの連続か。
 
じゃあピンチとチャンスの差はなんだ?
 
ピンチの定義は?
 
どこからチャンスでどこからピンチなの?
 
そう、実はピンチもチャンスも同じ。
 
自分の受け止め方次第。
 
ピンチと思えばピンチだし
チャンスと思えばチャンスになる。
 
人は「自分の言葉に影響される」から
 
どんな状況も
「チャーンス!」と言えば「どんなチャンス?」って考えるし
「ピーンチ!」と言えば「どんなピンチ?」と考え始めるのだ。
 
「ちなみにチャンスが多い人っていますか?」と彼らは聞いた。
 
一番大切なのはチャンスの多さではない。
チャンスを自ら作り出すこと。
自ら作り出す気がそもそもあるか?ということ。
 
 
リクルートの創業者の江副さんの言葉に
 
「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」
 
という言葉がある。
 
まさにこれである。
 
成功者はチャンスが空から降ってくるのを待ってなんかない。
 
自分からアクションを起こし、現実を変え、未来を変えているのだ。
 
未来を変えるのは未来、ではなく今。
 
そして今を変えるのは勇気。
 
だから人生を変えるのは勇気。
 

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感情にスイッチを入れないと人は動かない

最近は人を動かすのはやっぱり感情なんだなって思ってます。

 理論や理屈では人は動かなくて

感情のスイッチが入った時にしか人は動かない。

 

知っても動かないから

知動というのは無い。

 

感じて動く。

だから感動ですよね。

 

たくさん本を読んでも

たくさん講演会に行っても

感情にスイッチが入らなければ

 

『頭では理解してるけど動かない』という状態になります。

 

この『頭では理解している』がそもそもダメで

頭で理解なんかせずに

自分の心を信じればいいんです。

自分の素直な感情で決めた答えが

一番正解なんじゃないかなって事です。

 

感情がYESだけど

頭がNOなら

 

YESです。

 

感情がNOで

頭がYESなら

 

NOです。

 

感情が乗っかってないのに

行動しても良いものは絶対に産まれないです。

 

感情のまま、心のままに生きているのは

子供です。

子供は理論や理屈は持ち込みません。

 

全て

感情のままに動いています。

 

今、食べたいから食べる

今、寝たいから寝る

今、遊びたいから遊ぶ

 

それが叶わなければ泣く!

 

うん、実に素直ですね。

欲求に純粋です。

ピュアですね。

 

話を戻すと、まずは感情にスイッチを入れるのが先だし、感情が入ってる文章や言葉、行動って伝わるんですよね。

 

感情の入ってないモノってやっぱり伝わらないんですよね。

それが例えデジタルだとしても、です。

SNSも感情がしっかり入ってるものは受け手にも伝わるんですよね。

 

人を動かすのはやっぱり

感情、感動です。

 

だから人を動かしたい人は

まずは自分の欲求に、感情に素直に生きてみることを少しずつやっていくといんじゃないかなと思います。

 

これで良いじゃなくて

これが良い!

を積み重ねていく。

 

『これで良いや』を積み重ねていくと

自分の感情の不感症になります。

 

妥協を一切しない人生なんて最高じゃないでしょうか。

 

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3割30本30盗塁と理想の母親

日本だけなのかは知らんけど

 

全部できる奴が凄い!とか

全部出来て当たり前!とか

全部やるのが普通!みたいな

 

価値観がどうもあるように感じる。

 

例えば

 

自分では苦手で嫌いな仕事も

『無理をして』やってしまう。

というか『やらないといけない』と思い込んでいる。

自分が苦手な仕事や出来ないことはサッサと出来る人に任せればいいし、お願いします!と頼めば良い。

 

でもそれをしない。

苦手で嫌いで無理をしてやってるんだからそこから上がってくる成果物なんてたかが知れてるし、その人の生産性なんて全然高くない。

 

要するに労働時間に対する成果のコスパが悪い。

でも自分の得意な事や好きな事だったら

それこそ時間を忘れて取り組めるわけで。そこから上がってくる成果物のクオリティは火を見るよりも明らかでしょ。

 だから得意な事だけやっちゃえば良い。

 必要なのはやりたくない事をやりたくないと言える勇気。

 

日本の『理想の母親像』もそうかも。

仕事がバリバリ出来て

家事育児も颯爽とこなし

オシャレにも気を使っていつまでも綺麗

 

みたいな完璧さを求める傾向にあるんじゃないかって思ってる。

 

そりゃTVに『仕事も家庭も!スーパーママ!特集』とか

雑誌で『仕事も家庭もどっちも完璧にこなすママがカッコいい!』みたいな感じで出てきてるからそうなる。

 

そうじゃなくて

仕事が得意な人は仕事に注力して家のことはヘルパーさんに頼むとか

子育ては大好きだけど料理が苦手なら料理を作る人を呼べば良いし、もしくは旦那が料理得意ならやればいんじゃん?

と思う。

こんな事言うと

ハイ、無理〜!って声が聞こえてきそうだけど

まずは『どうしたらそれが実現出来るか?』を考えて実践してみるところからだと思います。

 

だからもっともっと仕事も家庭もあらゆるところで

『分業』すれば良い。

 

野球で考えても

3割、30本、30盗塁ってトリプルスリーって言って『その年のMVPでしょ!凄すぎ!!』って感じなんですよね。

だから、全部が全部凄い必要ってなくてどれか一つでも突出してたらプロでやっていけると思うんでよ。

要はホームランバッターに盗塁の練習させないでしょ。

 

 

これって我々も同じだと思っていて。

 

自分の出来ない事を理解して

得意な事やできる事に集中する環境を作ったほうが良いと思うんですよね。

 

全部が満遍なくできる奴より

これだけは誰にも負けない!みたいな方が絶対良い。

 

一つ突き抜けてれば良い。

 

昔、広告営業の時に言っていたのは

 

『何でもそこそこ美味しい駅前のイタリアンよりも、ペペロンチーノだけは抜群に美味い駅から徒歩20分のイタリアンに人は並ぶんですよ』

 

という言葉がまさにそう。

 

みんなが自分の得意な事だけをやる世の中になったら

みんなメチャクチャ楽しいんじゃないか。

 

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働く上で大切なのはスキルよりも人間性

『どんな人と一緒に仕事をしたいですか?』

 

と聞かれた時にあなたは何と答えるだろう??

 

誠実な人。

素直な人。

笑顔が素敵な人。

 

挙げればキリがない。

 

人によって答えは違うと思う。

 

でも

 

ここでの答えに恐らく

 

『スキル』

 

ってのは入ってこないんじゃないかな。

 

エクセルが使いこなせる

プログラミングが描ける

簿記持ってる

 

みたいなスキル・能力も勿論

大事。

 

だけど

 

それよりも

 

その人が持つ人となりの方が大事でしょ、と思います。

 

つまり

『人間性』の方が100倍大事なんじゃないかと思います。

 

いくらスキルがあっても

嘘つきは嫌われます。

いくらスキルがあっても

約束を守らないやつは信用されません。

 

だからスキルを磨く前に

人間性を磨く方が大事だと思ってます。

 

じゃぁどうすれば磨けるの?って話なんですが、まずは当たり前のことを当たり前にやるだけだと思います。

・笑顔で目を見て挨拶をする

・ありがとうをちゃんと言う

・ごめんなさいを素直に言う

とかね。

まずはここからかなと思います。

 

 

そして最後に。

 

『どんな人と一緒に仕事をしたいですか?』

 

という問いに答えた

 

『自分の答え』こそが

 

自分への問いかけに他ならない。

 

素直な人と答えてるのに

自分が素直じゃないってどうゆうこと?

 

誠実な人って答えてるのに

自分が誠実じゃないってどうゆうこと?

 

笑顔が素敵な人って答えてるのに

自分が笑顔じゃないってどうゆうこと?

 

この世は類友なんだから

自分がまず人間性としての魅力を磨いていかないと

絶対に

『求めていた人と仕事が出来てる』

なんて事は起こらないと思うんです。

 

自分の周りの人は自分を映す鏡。

 

周りの友達の文句や

出会う人に文句を言ってるのは

 

それは自分がイケてない

 

と言ってることと同じだと思います。

 

まずは自分から。

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みんなと仲良くする必要はない

みんなと仲良くする必要ってあんのか?

と思ってる。

 

誰とでも仲良くしなさい
みたいな価値観に僕は賛同できない。

その代わり、

『誰とでも仲良くする必要はないけど
他人との違いは認めよう。』

というのには賛同できる。

みんな違ってみんないい
が良いわけで
みんな一緒でみんないい
ではない。

みんなが飲み行くから気乗りしないけど行こうとか
みんなが辞めないから仕事嫌だけど辞めないとか
みんなが買ってるから本当は大して欲しくないけど買おうとか

『みんなが』で始まる言葉には

自分がない。
そこに自分は居ない。

大事なのは自分がどうしたいのか。


オカシイと思うことはオカシイと言えるように。

行きたくないなら行きたくないと言えるように。

やりたくないならやりたくないと言えるように。

そうゆう風に子供を育てていけたらいいな。

 

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それは本当に自分が欲しいものか??

大人になればなるほど
 
『自分の欲しいもの』
『手に入れたいもの』を明確にするのは難しい。
 
『自分の欲しいものが明確になっている』
『自分がどう生きたいのか明確になっている』
 
これってそれだけで幸せなんだと思う。
 
案外、自分が本当に欲しいものやどう生きたいのか?
 
ってわからないもの。
そもそもそんなこと考えたことないって人も多いんじゃないかな。
何故ならそんなこと考えなくても困らないからね。
死なないし。 
 
でも今の人生や生活に満足していないのならば
まずは自分がどう生きたいのか?を決めるのが先決。
 
つまり、何を得たいのか?
 
 
そしてそれは同時に
 
【本当に自分が手に入れたいのか??】をトコトン考える必要があることを意味する。
 
 
例えば
赤ちゃんは自分の欲しいものがメチャクチャ明確だ。ウチの下の子は9ヶ月だが、メチャクチャ自分の欲求に素直である。  
いや、9か月だからこそ素直なのだ。
ミルクを欲しい時にオムツを替えても泣き止まないし、逆も然り。
欲求がハッキリしてるからそれが解決されるまで泣く。
欲求がトコトン明確なのだ。
 
 
一方、大人は自分が欲しいものが曖昧なことが多いのではないか。
いやいや、欲しいものぐらいわかりますよ!!と聞こえてきそうだが、
 
その『欲しいもの』が
【自分が本当に欲しい】のか
 
【社会からの評価を得たいから欲しい】のか
 
が曖昧になってきていないか?
と考えてみると良いかもしれない。
 
今、本当に欲しいものは
 
【他の誰かが手に入れてたのを見て
ただ単に憧れてるだけなのでは?】
 
【手に入れることで得れる賞賛が欲しいだけでは?】
 
【社会が欲しがっているものだから自分も欲しいと思い込んでるだけでは?】
 
と自問自答してみると良い。
 
ましてや
 
『損得』
 
で考えるなんてナンセンス。
 
得だからとか
損しない方を選ぼう
 
なんて事をしていたら
 
本当に自分が手に入れたいものなんて
一生わからない。
 
 
自分が手に入れたいものは
 
本当に自分が心の底から手に入れたいものなのか?
 
そしてそれは
自分以外の誰も評価しなくても得たいものなのか?
 
を考えないと
 
自分の人生を生きてるようで
 
他の誰かの理想を
 
ただ、なぞるだけの
 
人生になってしまう。
 
自分が手に入れたいものを明確にする事から全ては始まる。